専大日語?コラム
専大日語の教員による、月替わりのコラムです。
2020年4月:「トイレの落書き?」をきっかけにした話
「~を触る」と「~に触る」
学内を歩いていると、「どうしてここにこういう表示があるのだろうか」といろいろ面白い言語現象を目にすることがあって、今回の話もそういったことがきっかけです。
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生田キャンパスの○号館のトイレの個室内に、以下のような掲示が貼られています。あ、もちろん男性トイレです。
撮影したのは2019年1月ですが、いつ貼り出されたのかは確認していません。少なくとも1年以上前には貼られていたことになります。
ほかのトイレはどうなんだろうかと、この掲示を見て以来、生田キャンパスのかなりの数の男性トイレ個室を歩いてみましたが、このような掲示があるのはどうもここだけのようです。
「ははぁ~、このトイレに限って操作ボタンをいろいろ操作する人が多いのかなぁ、むやみに操作したために故障してしまったことがあったのかもしれないなぁ、管理課の人も大変だなぁ~」と思うより先に、「この表現は文法的におかしいだろぉ~!!」と私は無言で叫んでいました(!?)。
みなさんはどうでしょうか。
最近、テレビ番組で「~を触る(さわる)」という言い方を耳にすることが多くなったように感じます。ニュース番組でも使われることがあり、そのたびに「違うだろぉ~、『~に触る(さわる)』だろぉ~!!」と画面に向かって一人でブツクサ言う機会が増えました。
ところが、この写真をよく見ると、「ボタンを」の「を」の部分を赤いインクで消して、その横に「に」が書き加えられています(以下)。これに気づいた私は「そうだそうだっ!! この落書きは正しいっ!!」。
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みなさんはどうでしょうか。
国語辞典での記述と、コーパス調査
試しに『岩波国語辞典』第七版新版(2011年)の「さわる」の項を見てみると、語釈のあとに
「ことばは時間とともに変化する」とはよく言われることで、私もそう思っていますが、その一方で、一人の人間が持っている正用誤用の判断基準は、必ずしも時間とともに変化するわけではありません。また、変化しなければならないわけでもありません。そしてそのことが一つの要因となって、ことばの使用実態や意識に世代差が生まれるのだろうとも思います。
2011年の『岩波国語辞典』には上記のような説明がありましたが、『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)ではどうなのだろうかと思い、同僚の丸山岳彦さんに急遽お願いして国立国語研究所の「少納言」で検索してみたところ、「~を触る(さわる)」と「~に触る(さわる)」は、以下のような分布とのことでした。
を触る | 83 | をさわる | 13 |
に触る | 118 | にさわる | 132 |
「~を触る」は「~に触る」よりも出現数が少ない、という結果でした。BCCWJは、一部を除いて2005年までの言語資料で構成されています。ということは、「~を触る(さわる)」は2005年以降に勢いを増してきた用法、…でしょうか?
いえいえ、それはわかりません。本当は話し言葉コーパスでも調べてみないといけないところなのですが、その辺のところは、興味のある人に調べてもらって、その結果を教えてもらうことにしたいと思っています。
「少納言」と「中納言」
ところで、ちょっとマニアックな話かもしれませんが…。
国立国語研究所の少納言のサイトのタイトル文字「少納言」は、「隷書」フォントが使われています。一方、話し言葉コーパスをはじめ多くのコーパスを検索できるサイト「中納言」のタイトル文字は、「行書」フォントが使われています。
昔の朝廷の位階としてはもちろん「中納言」のほうが「少納言」よりも上ですが、書体としては、「少納言」の隷書のほうが「中納言」の行書より上位として扱われます。どうしてこういう「逆転現象」が起きているのでしょうか。国立国語研究所のこの書体の選択には何か理由があるのでしょうか。この疑問にも、どなたか答えてくれるとありがたいなと思っているところです。
結論が何もないままにかなり長い記事になりましたが、最後に。
新型コロナウィルスの蔓延で2020年度の授業開始時期はまだ確定していませんが、テレビに流れる報道に接していて、「どうしてこんなにカタカナ用語を使うのかな、意味がよくワカラン」と感じていました。
それで、このことをここで取り上げようかと思ったのですが、すでに3月22日に河野太郎防衛大臣がツイートしていて、そこには私が感じていたことが集約されています。またそこから大勢のリツイートをたどることもできるので、この話はそちらにお任せすることにしました。