専大日語?コラム
専大日語の教員による、月替わりのコラムです。
2018年9月:夏の高校野球の場内アナウンス
今年の夏の高校野球が終わってしばらく経ちました。私は高校野球のファンというほどではなく、たまたまテレビをつけたときに甲子園の様子が映っているとちょっと見るといった程度なのですが、場内アナウンスで選手の名前を聞いていて、「おやおや、どうなっているんだろう?」と思う現象がありました。
8月21日(火)の金足農業高校と大阪桐蔭学園の決勝戦、スターティングメンバーは以下のとおりでした。(敬称略)
金足農業 大阪桐蔭
菅原 宮崎
佐々木 青地
吉田 中川
打川 藤原
大友 根尾
髙橋 石川
菊地(彪) 山田
菊地(亮) 小泉
斉藤 柿木
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以下、試合中の球場アナウンスを聞いて書き取ったアクセントを、両校の選手を区別せず、また打順も無視して並べてみます。場内アナウンスでは選手の名前に「~くん」を付けるので、その形で表示します。○は低いことを、●は高いことを表わすことにします。
選手紹介の場内アナウンスは以下のようなアクセントでした。
A群
菅原 すがわらくん (○●●●○○)
佐々木 ささきくん (○●●○○)
吉田 よしだくん (○●●○○)
大友 おおともくん (○●●●○○)
菊地 きくちくん (○●●○○)
斉藤 さいとうくん (○●●●○○)
藤原 ふじわらくん (○●●●○○)
根尾 ねおくん (○●○○)
石川 いしかわくん (○●●●○○)
山田 やまだくん (○●●○○)
柿木 かききくん (○●●○○)
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これらのアクセントを耳にして、私は
ははぁ、この場内アナウンスの女性のアクセント体系では、「~くん」は、その直前の拍まで高いアクセントを保持させる単位なんだな。と思いながら漫然と聞いていたのですが、よく聞いていると、同じ女性が以下のようにアナウンスするのも聞こえてきました。
B群
打川 うちかわくん (○●○○○○)
髙橋 たかはしくん (○●○○○○)
宮崎 みやざきくん (○●○○○○)
中川 なかがわくん (○●○○○○)
小泉 こいずみくん (○●○○○○)
青地 あおちくん (●○○○○)
あらあら、「~くん」は常にその直前の拍まで高いことを要求するというわけでもないのですね。
場内アナウンスの女性がどこの出身者かはわかりませんが、A群のような発音をするからには、少なくとも東京出身者ではないだろうなと思います。
東京のアクセントだったらどうなるかというと、例えば「~くん」を付けないときに平板式なら「~くん」が付いても全体で平板式、「~くん」を付けないときに中高型なら「~くん」が付いても全体で中高型、というように、名字単独のときのアクセントをそのまま受け継ぎます。以下のようにです。
東京のアクセントなら…
A群
菅原 すがわら (○●●●) すがわらくん (○●●●●●)
佐々木 ささき (○●●) ささきくん (○●●●●)
吉田 よしだ (○●●) よしだくん (○●●●●)
大友 おおとも (○●●●) おおともくん (○●●●●●)
菊地 きくち (○●●) きくちくん (○●●●●)
斉藤 さいとう (○●●●) さいとうくん (○●●●●●)
藤原 ふじわら (○●●●) ふじわらくん (○●●●●●)
根尾 ねお (○●) ねおくん (○●●●)
石川 いしかわ (○●●●) いしかわくん (○●●●●●)
山田 やまだ (○●●) やまだくん (○●●●●)
柿木 かきき (○●●) かききくん (○●●●●)
B群
打川 うちかわ (○●○○) うちかわくん (○●○○○○)
髙橋 たかはし (○●○○) たかはしくん (○●○○○○)
宮崎 みやざき (○●○○) みやざきくん (○●○○○○)
中川 なかがわ (○●○○) なかがわくん (○●○○○○)
小泉 こいずみ (○●○○) こいずみくん (○●○○○○)
青地 あおち (●○○) あおちくん (●○○○○)
つまり、東京では「~くん」にはアクセントを変える力はないのですが、
場内アナウンスの女性の方言では、「~くん」が、ある種の名字(この場合はA群の名字)に付いたときにのみ、全体のアクセントを変える力を発揮する…というようなことなのかな。それとも
関西でも「~くん」は東京と同じく、アクセントを変える力はないのかな。と思いながら聞いていたのですけれども、どちらの考えが正しいか(あるいは他の考え方があるか)を知るためには、いずれにしてもこの女性が選手の名前を「~くん」なしで(呼び捨てで)発音したときにどんなアクセントになるかがわからないと何とも言えません。そしてそれは、自宅でテレビ観戦しているだけではちょっと無理な話です。
こんなことを考えたのは、東京では、例えば「~市」とか「~県」などのことばは、その直前に来る地名がどんなアクセントでも、「~市」や「~県」が付くと、その直前まで高く、「~市」や「~県」から低くなるという法則があるからです。以下のような感じです。
横浜 よこはま (○●●●) よこはまし (○●●●○)
相模原 さがみはら (○●●○○) さがみはらし (○●●●●○)
逗子 ずし (●○) ずしし (○●○)
千葉 ちば (●○) ちばけん (○●○○)
神奈川 かながわ (○●○○) かながわけん (○●●●○○)
山梨 やまなし (○●○○) やまなしけん (○●●●○○)
…というようなことをぼんやり考えているうちに金足農業吉田投手が力尽きて大量得点差がついてしまい、私はそこでテレビのスイッチを切りました。
それにしても金足農業への声援はすごかったですね。あんな大舞台を経験したら、大きく成長するに違いないと思いました。農業の勉強よりも人間としての勉強のほうがはるかに大きかったのではないかと思った一日でした。
<参考文献>
- 文化庁(1971)『日本語教育指導参考書 音声と音声教育』[OPAC]